カワイイから離れたオタク

私は、中学生~高校生にかけてアーバンギャルドというバンドのオタクをしていました。当時、奇をてらったバンドが流行るという個人的にいろんな物差しが狂う現象が起こっていて、その時に出会ったのがアーバンギャルド

アーバンギャルドは当時インディーズでまだ規模が小さいバンドでしたが、熱狂的なオタクがTwitter上にいてファンダムが出来上がっていました。

ファンの子達は、セーラー服を着て黒髪姫カット病みツイをするというのが主流でしたが、私は当時からメンヘラではなく「病み」という解像度が低すぎてその文化には完全に近寄れませんでした。しかし、ライブに普段しない格好をしていくという文化にはすごく惹かれてしまい、セーラー服をすぐ買いライブに行くようになりました。

私は容姿には何も自信はありませんが、美的感覚やこれがいいと思ったことが絶対正義だと思い込むpowerがデカすぎて無駄な行動力が発生するのです。

また、アーバンギャルドには推しがいました。

私は某人が作る曲や、影響を受けた曲、元ネタの曲の紹介など熱中して聴いたり、調べたりしていました。あと単純にキャラクターが面白いと感じ「好き」だと感じることに変わっていったところもありました。

彼の作る曲は当時の私にはすごく複雑でオシャレでPOPに聞こえて、センターの人たちなんてどうでもいい、彼の曲が聴きたいからこのバンドのオタクをするんや!!という過激派オタク思考に陥っていました。

ある日推しがTwitterで質問に答える?企画をしていて、どうにか気を引きたい私は彼がロリコンであることを利用し

「JCで低身長なのに胸がデカいってどう思いますか?」

という最悪な質問をリプで送ってしまいました。(ちなみにこういう質問は多かったと思います)

そしたらリプがすぐ返ってきたのです。

ロリ巨乳いいね!」

めっちゃうれしかった。

少し認められた気もありつつ、ボケのノリもラフでなんか会話してんな~と思いました。

それから、ライブ前の推しのDJとか近くに行って踊ったり、会場入った時も推しのいる上手にいったり、だんだん推し第一なオタクとして現場を楽しむようになりました。

そんな最中にアーバンギャルドがアイドルになったのです。

病めるアイドルというかなり核心を突くシングルをいきなりリリース。

歌詞はもちろん、おそろいの衣装に、楽器は弾かずにダンスをするというパフォーマンスをいきなりやりだしたのです。

このころの界隈はももクロ、でんぱ組の登場によりかなりアイドルという文化に興味があるオタクが多く、この状況にみんなまんまとハマっていったのです。

アクスタとかも出てたしね。

私が記憶する中で一番盛り上がっていた時期がこの時期。

普通のバンドだけでなく、アイドル的にも見てもイイって公式から言われるとオタクたちもさらに盲目度が上がっていっていくのです。

 

そして、1年後、盛り上がった界隈にあるラインのスクショが出回りました。

 

その数日後、私の推しは解雇されてしまいました。

 

私は彼の解雇前のライブ参加した際に、リーダー的存在のメンバーに既に手紙を渡していました。

それは「オタクを辞める宣言」をした手紙でした。

私自身の成長により他のメンバーの曲や、少女性や病みについての歌詞に共感がしづらくなったことや、アーバンギャルドが影響を受けた音楽たちを聴いたおかげで、私の音楽趣味はどんどん広がりオリジナルである音楽のほうが好きになっていってしまったのです。

今思うと、そもそも盲目オタクだと思い込んでいたドライなオタクだったのかもしれません。でも、私の気持ちを知ってほしい!今後も好きでいたいから私のような成長してしまったオタクに対しても活動をしてほしい!という気持ちがあったから手紙を書いて渡してしまったんだと思います。

その後手紙と一緒に同封した手作りのシールを、リーダーはTwitterに投稿してくれました。

きっと見てくれたんだという安心感と同時に罪悪感に苛まれて、

しばらく悶々としていたら、

推しが解雇…!!!

正直、凄く安心しました。

彼がした事は最低な行為だけど、自分にとっては足枷から解放された気がして推しに感謝してしまいました。

その事件からは吹っ切れてオタク辞めました。

 

アーバンギャルドのオタクをしていたころはとても楽しく、アーバンギャルドは私にいろんな知識をくれて、サブカル”茨の道”を進む線路を敷いてくれた大切な存在です。

 

いまでも感謝だぜ。松永!谷地村!!